吉田徹
2024.11.123sat)-12.1(sun)
吉田徹 Solo Exhibition 『ON GOING』
会期:2024年11月23日(土)〜12月1日(日)
時間:11:00〜18:00
定休日:火、水曜日
[ライブペイント]
展示期間中の4日間、あなたを吉田徹の世界観で描きます!
11/23(土)11:30〜17:30
11/24(日)11:30〜14:30
11/30(土)11:30〜17:30
12/1(日) 11:30〜17:30
ご予約・お問い合わせはinfo@soqso.jpまでお願いいたします。
[吉田 徹 x COSAONEのWネームTシャツ]
吉田 徹のスケッチとCOSAONEのグラフィティが見事にコラボしたフロントデザイン。
バックには2人のサインが入っています。
こちらは受注生産になります。展示期間中、サンプルを展示しますので、ご覧頂き予約していただければと思います。
メールでの受付もします。(締切12/1) info@soqso.jp
ボディカラー : スポーツグレー、ライトピンク、ナチュラル
ボディ : GILDAN 6.0oz(品番2000)
サイズ : S,M,L,XL
価格 : 4,500円
Profile
吉田 徹 アニメーター、メカニックデザイナー、アニメ演出家。
大阪デザイナー専門学校を卒業後、谷口守泰氏に師事。
1980年代初頭に「太陽の牙ダグラム」で動画デビュー。
「動く」
デビューから間もなく「
また、吉田 徹を語る上で外せないのがやはり「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」をはじめとする多くのガンダムシリーズで原画、
「裏世界ピクニック」
これらの評価は決して大袈裟なものではなく、間違いなく吉田 徹が生粋のアニメーターであるという証拠の一つであり、
今回皆様にご紹介させて頂くのは、
それでさえ恐ろしい程の物量があり、
しかし、
吉田 徹はこれからも何を犠牲にする事もなく、瞬きのように自然に、
これは現代の「アニメーター」
Biography
- 1981年 太陽の牙ダグラム(1981年 – 1983年、動画)
- 1982年 さすがの猿飛(1982年 – 1984年、原画・動画)
- 1983年 装甲騎兵ボトムズ1983年 – 1984年、原画・動画)
- 1984年 機甲界ガリアン(1984年 – 1985年、作画監督)
- 1985年 超獣機神ダンクーガ(原画)
蒼き流星SPTレイズナー(1985年 – 1986年、OP原画・メカ作監・原画) - 1987年 シティーハンター(原画)
- 1988年 鎧伝サムライトルーパー(1988年 – 1989年、原画)
- 1989年 シティーハンター3(原画)
- 1993年 機動戦士Vガンダム(作画監督)
- 1994年 機動武闘伝Gガンダム(1994年 – 1995年、作画監督・原画)
ルパン三世 燃えよ斬鉄剣(原画) - 1996年 るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-(1996年 – 1998年、原画)
- 1997年 勇者王ガオガイガー(1997年 – 1998年、作画監督・メカ作監・原画)
- 1998年 カウボーイビバップ(1998年 – 1999年、原画)
- 2001年 サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER(2001年 – 2002年、作画監督)
- 2002年 機動戦士ガンダムSEED(2002年 – 2003年、作画監督・メカ作監)
2003年 鋼の錬金術師(2003年 – 2004年、原画) - 2004年 機動戦士ガンダムSEED DESTINY(2004年 – 2005年、OP原画・作画監督・メカ作監)
2005年 電車男(OP作画)
2006年 ひぐらしのなく頃に(原画)
ハチミツとクローバーII(原画)
コードギアス 反逆のルルーシュ(原画)
2007年 鋼鉄神ジーグ(原画)
2011年 遊☆戯☆王ZEXAL(OP原画)
機動戦士ガンダムAGE(原画)
-
- 2012年 ジョジョの奇妙な冒険(原画)
- 2013年 聖闘士星矢Ω(原画)
- 2014年 妖怪ウォッチ(設定協力・作画協力・絵コンテ・OP原画・原画)
寄生獣 セイの格率(作画監督) - 2016年 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ(原画)
- 2017年 牙狼〈GARO〉-VANISHING LINE-(作画監督)
- 2020年 DRAGON QUEST -ダイの大冒険-(2020年 – 、原画)
- 2022年 進撃の巨人 The Final Season Part 2(原画)
- 2024年 ザ・ファブル(原画・演出)
グレンダイザーU(作画監督・原画)
※wikiより抜粋
INTERVIEW
ーー最初に、いつぐらいから絵を描き始めたのか教えていただけますか?子供の頃からアニメーターを目指していたんですか?
明確に自分で絵を描き始めたのは小学校2年ぐらいかな、それまでは単に美術の時間とかで描いてた感じ。アニメーターを目指すとなったのは高校入ってから。それまでは実写の方の、映画の道に進みたかったんですよ。映画監督とか。映像関係にすごく興味があって。中卒で東京とか行って、弟子入りでもして、と思ってたけど親にすごく反対されてね。せめて高校は出ておきなさいということになって。それで高校に入ったんですが、その時の友達がね、めちゃくちゃアニメが好きで。アニメーションなら、予算そんなに使わなくてもSFから恋愛ものから何でも出来るぞ、映像目指してるなら予算大事だぞ、と言われて「なるほど」と思ってね。子供の頃から絵は描き続けてたこともあって、その道に進むのもありだと思ったんですよ。だから実際に真剣にアニメの道に進むことを考えたのは高校2年ぐらいかな。
ーー小学校からそのまま絵は描き続けておられたんですね。
絵自体は好きでそのまま描き続けてましたね。中学校の時も美術部に所属してたし。
ーー小学校の時はただ好きで描いておられただけなんですか?何か教本や、教室で習ったりとかは?
好きで描いてただけ。教本を読んだことはなかったし、習ったりもしてない。それで小学校3年の時かな、親にアニメを見ることを止められててね、だからそこから中学校まではアニメを見てないんですよ。よく身内とアニメの話をする時に、その話には付いて行けないぞ、と先に断っておくことが多いんだけど、それは見てない時期が長いからなんですよ。
ーーなるほど、でも当時は確かにアニメ禁止という家庭は多かったでしょうね。私の家でも天才バカボンの漫画もアニメも見るのは禁止されていました。
今でもその瞬間のことは忘れないですね、怪物くんを見てる時だったんですよ。突然TVのスイッチを消されてね。今後はアニメは見るな、と。「え??????」と思ったけど。それが小学校時代にアニメを見た最後の瞬間。
ーーアニメアールに入社されたのはどのような経緯があったのでしょうか?就活して就職、という一般的な流れですか?
そういうのはなくて、最初は美術部にいた関係で背景マンになりたかったんですよね。単純に背景がいいかなと思って目指してたんだけど、丁度専門学校に入る前かな確か。その頃、赤毛のアンをTVで見て、「サクラの木をこんなにリアルに描かないといけないのか…」と思ってちょっと萎えてね(笑)。これは無理だなと思って。実際に自分が描くとなるとそこに興味を感じなかった、というのが正しいかな。でも専門学校入ったしどうしよう…とか考えてね。それでアニメーターを目指すのも選択肢の一つかと思って。
アールに入ったのは、その専門学校に教えに来ていた先生がアニメアールの人で、卒業したら会社に遊びに来れば?と誘ってもらっていたんですよ。卒業はしたものの、卒業制作に打ち込むためにバイトしてた印刷会社を辞めてしまって…卒業はしたけどプータロー、みたいな状態で。それでアールに遊びに来れば、と言われていたのを思い出して実際に遊びに行って、そのままいる。入社試験とか面接とか何も受けてない。いまだにその状態でアールにいる、という感じ。
ーーすごいですね(笑)。遊びに行って、じゃあ何か描いてみる?みたいなノリで仕事し始めたってことですか?
そうそう、ちょっとこれ割ってみない?みたいな。当時、「伝説巨人イデオン」のカーシャの振り向きシーンがあって。それを渡されて、やってみたんですよ。そしたら次の週ぐらいかな、こんなシーンあるけどやってみる?みたいな感じで。そのままぬるーく入ってますんで。だから今だに谷口さんからは「お前は入れたつもりはない」と言われますよ。43年経ってもね。まあ持ちネタの一つというか。遊びに行ったつもりがそのまま居着いてしまったという感じですね。
ーーその専門学校の同級生や先輩、後輩に同じ業界の方もおられるんですか?
僕は夜間に通ってたんですが、昼の先輩が森本晃司さん、一個下の昼に井上俊之さん。夜間部は7人しかいなくてそれぞれ別のジャンルや業界、って感じ。立体造形の人とか。みんな結構いろんなジャンルで活躍はしてるみたいです。デザイナー超えてコンテストで審査する側になってたりとか。最近見ないね?とか言うと「いやもう審査員の方なんだよ」と言われて、「あっそうでしたか…」みたいなね。
ーーここ数年はSNSがあるからと思うんですが、定期的に「日本のアニメ業界はブラック気質」みたいなニュースを目にすることが増えたんですが、それは本当なんですか?あと吉田さんご自身が、若い時などに稼ぎが少なくて金銭面で苦労した、などのエピソードはありますか?
若い時は確かにお金はなかったかな、あれを苦労と言えば苦労と言えるのかも知れないけどあまりそういうネガティブ思考ではないので。貧乏は貧乏なりに楽しくやってたけど。「マヨネーズ1本で1週間暮らした」という話も聞いたことはあるけど「あ、そうですか」ぐらいに考えてたかな。
お金なくても友達がご飯奢ってくれたりとか。苦しいけど頑張らねば…みたいに思ったことは実は一度もなくて。自分が貧乏した、という実感はないですね。アニメ業界がブラックなのでは、という言説には「どの業界もそうなのでは?」と思ってて。
基本的にアニメーターは描く枚数=実入りなので稼げない、稼げないという人は、例えば描く枚数を増やす努力をしてないのかな、と思うことはあるかな。手が遅いとか真面目にやってない人が多いのかなという印象。歩合で稼げるということは、月に自分がいくら必要なのか考えて、その収入を得るために自分が一日何枚描けばいいのか考えればいいだけの話なので。
アニメーターはそれが自分でコントロール出来る職業だと思ってて。それが、「1日5枚しか出来ませんでした」だと「いや本当は1日25枚描かないといけなかったんでしょ?」と。「いやー1日25枚も描けませんよ」と言うかも知れないけど、僕は一晩で107枚の動画を描いたことがあるので。数を描けないというのは歩合の仕事としては言い訳にはならないというのが「アニメ稼げない話」の実情かな。
ただ最近は給料制の会社も増えてきてるので、昔より条件はいいんじゃないかなと思う。しかも給料もらいつつ歩合の部分もちゃんと生きてて、何カットまでは給料に含まれてて、それ以上にはちゃんと歩合がつく会社もあるみたいですよ。だから周りでは苦労してるって話は聞かないけどね。そしてマヨネーズ1本で1週間暮らした人はもう業界で偉くなって活躍されてますよ。
ーーでは話題を変えて、これまで携わった作品の中で印象に残っているアニメはありますか?あとどれぐらいの作品にこれまで携わってきたのかもお聞きしたいです。
コロナが始まったあたりから自分のやってきた仕事を1タイトルずつ確認してみたら、2020年時点で380タイトルだったので今は400タイトルぐらい行ってるかな。印象に残ってるのはサンライズのスタジオで詰めの作業中に心霊体験みたいなことがあったという意味も含めて「機動戦士ガンダム 0083 STARDUST MEMORY」。あとは結構な仕事をこなして来て今でもたまに描いてる「装甲騎兵ボトムズ」。
あとは4年間も原画持ちっぱなしだった「スチームボーイ」。会社の移行などで進行が止まってた時期もあるとはいえ打ち合わせしてから4年経って、終わったー、という気持ちだったのを良く覚えてます。あとは全カット通して良く出来たかな、と思ってるのが原画で参加した劇場版の「スプリガン」。どのカットもいい感じで上がったかなと。
その時その時で印象も違うかも。「勇者王ガオガイガー」良かったね、とか。
ーー先ほども仰ってましたが、実写映画がお好きで良く視聴されているという話を聞きますが、ご自身が参加されたアニメシリーズは視聴されますか?
ほぼ見てないですね。見ることもあるけど。
ーーアウトプットとインプットは必ずしも一致しないということでしょうか。
そうかも。でもアニメに対してアンテナはいつも張ってて、この作品のこの話数いいですよ、という噂を聞くと必ずチェックします。やはりこの仕事をしているとそういう噂は常に耳に入ってくるので。神作画と聞くとやはりそのエピソードだけでも見てしまう。最初から最後まで見たアニメというと「エースをねらえ」ぐらいですかね。OVAも劇場も全部見てますね。最初の「機動戦士ガンダム」ですら、ククルスドアンのエピソードは見てないし。代表作である「装甲騎兵ボトムズ」も全部見たかと言われると怪しいかな。半分以上は見てると思うけど。
ただ最近は配信が増えたので、作業中に流しっぱなしで通しで見てることもあるかな。作業中なので全部を見てる訳ではないけど画面には映ってて最初から最後まで再生はしてるかな、という感じ。TVの前でずっと見てるとかはないなあ。
ーー尊敬するアニメーターやクリエイターはいますか?
アニメーターで言うとなかむらたかしさん、金田伊功さんはすごいと思ってる。クリストファーノーラン、ジェームスキャメロンの作品も好きだけど、映画監督ではとにかくリチャードドナーの作品が好きで。偏りのない作品群、100点ではないけど撮れば必ず85点以上の作品を作るというあの姿勢に。ホラー、アクション、SF、恋愛なんでもござれで全て撮ってしまう。あとはジャンピエールジュネとか。ただ他の監督はハズレもあるなあと。それを考えるとリチャードドナーは一味違うなという部分があって尊敬してます。
ーー若手のアニメーターを見て悔しいなと感じたり嫉妬したりすることはありますか?
最近は絵そのものを見ることが少なくなったので。昔だとさっき名前をあげたなかむらたかしさんの原画を見て「上手い…!」と思ったりした経験があるけど。画面じゃなくて絵を見て判断するので。若手の絵を見る機会はあまりないかな。若手がいいもの作ってたり若くして監督やってたりするのはいいことだと思うけど。
昔は確かに周りの人のことが気になったりする時期ってあると思うけど、いつからかあまり気にならなくなった気がします。とにかく自分の見る方向だけを見る、やるべきことをやる、という感じ。
ーー今回の展示で見どころを教えてください。
自分で言える見どころって何かな…とにかくぷにぷにっとした絵を見ていただければと。ぷにぷにっとした感じが出てると思うんですよ。人体の曲線や面に。それを感じ取ってもらえれば。今回出展している作品は10分〜15分程度で描いてる作品がほとんどなので全体的にこだわって描いたという作品はあまりないので、限られた時間の中でこだわったぷにぷに感、こだわった部分とそうでない部分が1枚の中に表れていると思うので、それを見つけてもらうのが楽しみ方の一つかなと。本当はもっと数を出したかったんだけど、額を準備しないといけないので現実と折り合いをつけて少なくしている部分もあって。「数の暴力」をやりたかったんだけど(笑)。とにかくゆっくり見てください。以前にProduction GOOD BOOKで展示した時は壁を埋め尽くしたので今回もそうしたかった気持ちもあるかな。
ーー次回は是非「数の暴力」というタイトルで展示をお願いします(笑) 直近で何かアナウンス出来ることはありますか?
工藤さん、赤津さんとやっている「盆栽兄弟」という絵描きユニットがありまして、そのユニットで東京コミコンに12月に参加予定でライブペイントがあります。あと今日オファーがあったばかりだけど来年8月の東京のSF大会も盆栽兄弟で参加します。「盆栽兄弟関西にあり」を示したいけど、なぜか関西以外に呼ばれることが多いかな。あと11月24日の「アニつる」というイベントでも僕と赤津さんが参加します。この展示に参加してから夕方移動してイベント参加予定です。
ーー最後にアニメーターやアニメ業界を目指す方に何かメッセージはありますか?
とりあえず頼んだぜ、という感じ。頼まないとね。頑張れよ!って。まあ業界に盛り上がってほしいから学校の先生もやってますんで。アニメーションの映像って究極だと思ってるので。例えばストーリーは用意されてるけど画面もその場で決めて多めに撮影して編集して作っていく実写に比べてアニメーションは、最初から絵コンテに沿って時間通りに作っていくものなので。予算の都合で何カットで必ず収めるなどの制約の中で最初に決めた約束の中で完全にコントロールしながら作って行く。マンガは読み手が時間を止められるけどアニメは止められない。その中でどうやって魅せて行くかというのは本当に難しいことでそれぞれの役割の人々が考えながら一つの作品を作り上げる。そして今後も無限の可能性が広がる世界だから。
Interview & Text / COSAONE
注釈:ちょっとこれ割ってみない? 原画と原画の間を繋ぐ「中割り」のこと。原画を描く原画マンに対して、中割りを描く人は動画マンと呼ばれる。アニメーターとしてデビューするとまずはこの動画マンからがセオリー。